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馬謖について |
この絵のモデル、馬謖は中国の三国時代(二世紀後半)に生まれました。彼は五人兄弟の五男だったんですが、この兄弟、揃いも揃って皆優秀という秀才一家で、彼もまた将来を嘱望されていました。 孔明にはどうしても為さねばならないことがありました。それは中国の統一です。孔明はとても義に篤い人でした。自分を三顧の礼で迎えてくれた今は亡き劉備の夢、中国統一をどうしても実現しなければなりませんでした。 そして、その時が来ます。<某番組の影響受けすぎ(爆) 蜀は敵国との第一戦に勝利し、戦後処理もままならぬうちに次の戦いへ早くも準備を進めていました。そこで馬謖は街亭という重要拠点の防衛を任されます。それも軍の責任者として。 しかしこの配置が馬謖の人生を大きく変えることになりました。 |
とおなの思うところ |
ここからは私の個人的な見解です(もちろん上の文も私的見解が多分に含まれてますが)。 馬謖にとって、この街亭の戦いは一世一代の大勝負だったんだと思います。 街亭の地に立って思ったはずです。「孔明先生に追いつく絶好機だ」と。誰もが予想もしない布陣・計略で勝つことで、馬謖の名を、存在をアピールし、「次の蜀を支える人材」として認めてもらう。馬謖は勉強家で、孔明と議論できるほどたくさんの兵法を知っていました。そして過去の孔明の戦績が全て頭にありました。「偉大な先生を越えるにはどうしたらいいのか」。彼は山の上に布陣することを決意しました。(余計なお世話テキスト) 彼はがんばりました。山を包囲され、連日のように攻められ、水も食料も尽き、脱走兵が出るまで追いつめられてもなお、降伏せずよく戦いました。しかし勝負は非情なものです。援軍も奇跡もなく、軍は壊滅しました。馬謖は孔明の元に敗軍の将として帰ります。そして来るべき運命の日を待ちました。 馬謖に弁解する気は全くありませんでした。自分を待つ処罰が死だということはわかっていましたが、彼は全てを受け入れる準備ができていました。「ただ人間として孔明先生に立ち向かい、全力を尽くした。その結果は大敗だったけど、やれることはやった。悔いはない」。馬謖は孔明の口から死を賜ると、家族と後進のことだけを孔明にお願いし、処刑場に赴きました。孔明は涙を流して悲しみました。 |
この絵について |
私が描きたかったのは、悔いのない笑顔でした。 馬謖が嫌いな人は(特に孔明ファンに)多いようですが、私は彼が好きです。尊敬する人への恩義に応えたいという気持ち、そしてそれを裏切る結果になってしまったときの申し訳ない気持ち、察するに切なくなってしまいます。彼の人生はきっと努力の日々だったと思うのですが(なまじ兄や周りの人が偉大だったため、生半可な努力では決して認められなかったことでしょう)、最後が報われない形だったことがとても悲しいです。せめて、全力を尽くしたことで彼自身人生に悔いが残っていなければいいな、そんな願いを込めて描きました。 死に装束をまとい、孔明に見せた最後の笑みを、想像して描きました。史実には全くないので笑うことはなかったかもしれませんが、もし笑ったなら、孔明も笑みで返してくれていると嬉しいな、なんて。 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。もう後悔はありません。m(__)m |
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