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The Divergence
発散
15 August 2003

Log1
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  • 30 June 2003 今更 VF4

     今更ながらバーチャ4にはまってしまう。(爆)
     使用キャラはラウ。弱っちいけどカードも買ってこじんまりと対戦などさせていただいております。
     しかしながらなんでラウ使いの方々はあれほど強いのでしょう。同じキャラを使っている自分が恥ずかしい。無差別乱入台とか導入するなら初段未満限定台もお願いしたい。(汗

     しかしラウの衰退っぷりを他の方々はどう思ってらっしゃるのか。今や斜上は上段、最速で出しても立ちPに負ける立ち斜上。下手に押せばかわされるし、回転系は軒並みガード後不利。「ラッシュのラウ」「暴走機関車ラウ」はどこへ行ったの?コンボだってすぐ落ちる。まぁVF2までが浮きすぎたんだけど。それにしてもバウンドしたのをタイミングで拾うってどういうことですか?非現実にもほどがあるっつうか。(汗<某社製格ゲーの影響?
     VF1からのプレイヤーとしてはあの浮きの低さには楽しみが全て削がれた感じです。まぁVF2に至っては「瞬殺コンボ」なるものがあった(生蹴りカウンター後自動斜上からのコンボで総ダメージが200以上)のでそれは行き過ぎと思いましたが、浮いた相手を「さてどういうコンボで決めようか」っていうのが醍醐味だったわけで。

     一応サブキャラでジェフを使ってた身なので如何に不条理だったかっていうのもわかってるつもりです。だって立ち斜上Pを最速で続けられたら基本的に返しがないんですから(汗)。リングアウトが嫌だったらコンボ食らうしかないなんてひどい二択(爆)。せめてダメージ低めにお願いしますっていうことでたまに下P出したところへ肘でよろめかされて結局100以上の大ダメージ。開幕で出来る一番の安定がバックダッシュですよ(それも斜下で潰される)?ゲームバランスが取れてるとはお世辞にも言えない。(汗
     挙句相手がラフプレイヤーだとこっちのP投げに台蹴り(実際に筐体を蹴ること)で返されたり(ある意味返し技)、それはそれはプレイヤーの憤懣がたまるゲームでした。(汗
     でもまぁそこをなんとかするのがまた醍醐味だったりするわけで。でかい図体して姑息な下Pからの二択三択からあざ笑うかのような頭突きなんて決めた日には歪んだ喜びですよ。(違

     VF4はバランスは改善されたようで、台蹴りする人もさぞ減ったことでしょう(汗)。私が不満なのはキャラの「らしさ」が消えることです。ラウのラッシュ、ジャッキーのコンボ、パイの当て身など「らしさ」が消えていくのが寂しい。アキラに至ってはもう何でもありじゃないですか。打って良し崩して良し当て身もあってどれも強力。万能過ぎてかえって「らしさ」がないというか。それにそのせいでパイの魅力が弱まってしまったような感。

     レイ・フェイに乗り換えちゃおうかなぁ。レイの方がラッシュでは上っぽいし...

  • 17 May 2003 竜王御殿! Palace of the King of the Dragons

    日本将棋連盟
    囲碁・将棋ジャーナル (NHK)
    藤井猛応援サイト (ファンサイト)

     17日放送の囲碁・将棋ジャーナルで藤井九段が解説されたんですが、司会の矢内さんが紹介の後の第一声、「あのぅ、先日、(林)芳美ちゃんと一緒に、あの、藤井九段のお宅にお邪魔させていただきました」に続いて「まぁなんでも竜王御殿と呼ばれているそうですが...」竜王御殿って!w

     「御殿」と聞くとさぞ大きな邸宅なんだろうと想像しますが、その上に「竜王」が付くとなんとかっこいい響きになるのでしょう!(^^;
     実際その日にはマジシャンを呼んでホームパーティみたいなことをしたようで、なんか宮廷道化師に客人をもてなさせる王様みたい!w

     解説はさすがの的確+わかりやすさで面白うございました。またやってほしいなぁと思うものの、やっぱり対局で忙しい方がいいのかなぁと複雑な感じ。とにかく一日も早い無冠返上の日を願ってやみません。

  • 9 Mar. 2003 リアリズムの先にあるものは real

     今回はとてつもなく長くなること必至。故に準備としていくつかの言葉の定義を先にしたい。

     まず絵について。絵は平面二次元。二次元は三次元の下位次元であって、もし三次元物体を面に写し取ろうとするならば、面は複数必要になる。たとえば人を描くなら、その人を正面から描いた絵だけではその人の背中はわからない。どんな単純な物体でも単面では表現できない。絵は常にその苦しみを背負う。
     リアリズムとは。単純に言えば写真のように描くことだろう。が、本当はそういった表面的な物だけでなく心や時空間的な流れをも写したものと考える。
     とはいえ技術的な観点などで、写真のように描くことの重要性もあり、リアリズムとかリアル画といった言葉を明確に区別する必要がある。そこで「デフォルメ率」というものを導入する。略して「デ率(略しすぎ)」。写真を分母にして、分子に写真と作品との誤差を持ってくる。デ率が0であるということは即ち写真と同じ、デ率が高くなるほど写真とはかけ離れていく、デフォルメされていくということを表す。
     デ率0(写真)がリアルでないというのは理由がある。時間だ。現実とは止めどなく流れる時間と共に存在する。時間的な変化をも正確に写し取らなければ「現実」ではない。一度でもカメラをいじったことがあれば、写真というものはレンズが集めた光の情報をある短い時間(シャッタースピードで設定された時間)フィルムに焼き付けたものだということをご存じだろう。そう、写真とは時間的級数あるいは時間平均でしかない。正確な時間表現ではないのだ。正確な時間表現を持って初めてリアルであって、写真はリアルではない、そう定義する。
     デ率をベクトル量と定義する。ベクトル量とは方向と大きさを持った量である。たとえば「100m進め」と言われてもどうも出来ないだろう。「西に100m」のところ東へ100m進んだ時には到着地点は全く違うところになる。絵でも、数値的に同じくらい写真と違う絵も、そのデフォルメの方向で全く違う物もあるでしょう。でもまぁこれは大して重要なことですな。

     さて本題。
     この世界にある人や物に感動し、その感動を誰かに伝えたくてキャンバスを持ち出し絵の具を置く。そのままの姿を伝えたいなら惜しみなく時間をかけて、そのままの姿になるまで描く。それが恐らくリアリズムの始まりではないかと思う。
     リアルに描くということは、一般的には写真を撮ることと同じだろう。しかしもし「写真のように描く」のなら、それは技術力の誇示と取られてもしょうがないことだ。「写真のような絵」を描きたいのなら写真を撮った方が遙かに簡単だ。
     写真は構造的欠陥において時間表現が不正確だ。しかしながらかなり良い近似を得られる。殆ど実物と違わない。近似とか不正確とか、絵描きの悪あがきとしか聞こえないだろう。しかし、時として写真を越える絵が生まれてくるのだ。リアルに描くということは、デ率0の向こうにある、写真の先にある本当の美を追うことにある。

     ここで名前を挙げることはしないが、有名無名関係なく、そういった絵が時として生まれてくる。そんな絵を見る度に自分もそんな絵が描きたいと強く思う。

     そんな絵の中にある種の絵が増え始めた。デ率が高いのだ。たとえリアルとは言えない絵だとしても、その表情や心情が強く伝わる絵は実在する。そこで気付いた。自分にとって一番大事なものが見えた。
     先述の「本当の美」を追うことは間違いない。しかしそれがあたかもデ率0の向こうにあると勘違いしていた。この本当の美とはデ率と同一直線上にあるわけではないのだ。

     気付いた途端今までの自分が一気に崩れ落ちる感覚に見舞われた。
     前馬謖のイラストを描いたときどうしても似顔絵の感を拭えなかった。馬謖を演じさせるなら藤木直人と前から思っていたので、藤木に演じてもらって描いた。しかしながら終ぞ描きたかった馬謖の心情を察してもらうことは出来なかった。藤木が勝ってしまった。
     藤木ではなく他の人の顔を描けば良かったかといえばそういう問題ではないだろう。もっと根本的なところに気付かなかったのだ。
     絵柄だ。デ率の「方向」に当たる。馬謖には馬謖にあった絵柄が存在するはずだった。もちろんそれは先駆者が立てた慣例(記号)であり、後塵を拝する立場の人間には屈辱的なものとも取れる。1800年前の人々があんな劇画調の顔だったわけがない。本当は今の人と変わらない顔だったと思う。でもそれが重要なのではない。
     何かを得るために何かを捨てるということはよくあることだ。わかっていたのは頭でだけだった。

     「方向」に頼ることは怠慢といえばそうだろう。本来なら従う必要はない。また、放っていてもいずれはそれをうち破るムーヴメントが起こり、新たな「方向」が支配するだろう。繰り返すのが健全な形だ。しかし本質は「支配」ではなく「心情を伝えること」だ。支配は多くの人に伝わりやすい「方向」に過ぎない。「方向」を上手く「利用」するのだ。仮にも支配されることは屈辱にもなろう。しかし恥をかいてでも伝えることこそ絵描きの仕事だったのではないか。

     ここに至り、自分が何を描けばいいかわからなくなった。
     故に絵筆を置くことに決めた。
     ただ絵を描くことはとても楽しいことだし、気分転換にもなるので軽いものはこれからも描いていこうと思う。しかしながらしばらくは、熱のこもった絵は描けないと思う。

     ということでしばらく(といっても元々そうだったという話もあるが)おとなしくしております。申し訳ありません。

  • 1 Mar. 2003 どうなんだ○○ Where did you drink?

    新潟アルビレックス(バスケ)
    アルビレックス新潟(サッカー)

     先日撮っておいたビデオをまとめて観た。で、どうなんだ、○○。(爆)

     バスケを観るのがとても好きな私は新潟アルビレックスの庄司選手スキーなんですが、そんな庄司選手がたまに出るとことんアルビ!!DXは結構見ています。先日は外出するのでたまにはとビデオに撮ってました。
     新潟にはバスケとサッカーのプロチームがあって(上記リンク参照)、その番組ではバスケとサッカーを両方取り上げてます。サッカーにはバスケほどはないとはいえ地元チームですし結構盛り上がってるので多少の興味はあります。で、見てたら...

     地方J2チームだからってなめてんじゃねぇぞ、コラ。
     全国放送の解説なんかじゃハイテンションでノリまくってるくせになんだその死んだ目は。
     どうせ呼ぶなら加茂さんとかがいいじゃん。どうしてあんなやつに?わからんよ、わけが。

     それにしてもビッグスワン。J2最多、J全体でも上位の入場者数を誇るにもかかわらず、年間赤字が2億とか3億とかいうのは本当ですか!?(爆)
     みんなサクラなのか?あれ。(死

     いや、話を変えて。
     バスケの方のアルビレックス、GMを務めているのが河内さんという人で、NHK-BSの解説も務めるなかなかな人なんですが、この方、恐らく私の知る最年長半疑問話者。w
     今では絶滅したかと思われた半疑問形がNHKで聴けます。どうぞお試しを。(違

  • 1 Feb. 2003 年食うはずだわ beautiful

     何年も絵を描いてると、絵を描くためにと集めた資料も山となり、たまに整理を迫られます。資料といっても雑誌のグラビアやコピーが殆どで、我ながらもう少しまともなのとっとけよとつっこみつつ...
     取っておき始めたのが10年くらい前からなんですが、これがまた。浜崎あゆみの水着写真とか、モーニング娘。じゃない「よしざわひとみ(吉沢仁美)」さんとか、出てくること出てくること(笑)。「吉澤ひとみさんは吉沢仁美さんがいたから名前ひらがななんかな?」なんて勝手な推測をして楽しめるところは楽しめるんですが、なんだかちょっと切なくなる感じの写真もぞろぞろと。

     「美人」の定義は人それぞれ、時代やらなんやら相まって、はかなく消えていった方々。河田純子さんとか田中有紀美さんとか、「うわ、すっごい美人!」とか思ったのに、今や活動もなさってないご様子。何人かは脱いだり路線変更してたり。グループで活動してると一人や二人残っていればいい方なのかも。アイドルブームに乗って乱発気味に出されたアイドルユニットなんてため息の種になってますよ。

     男性の方はそうでもないようで、割とまだ見る名前が多いようです。とはいえやっぱり顔がすごく変わっていて、それこそ10代から20代にかけての顔の変わり様は女性とは比較にならないようです。かわいい顔した少年が、今やちょっと美男としてはどうかというひげ面とか。美男子→美男なんて少ないのかも。タッキーはその中でも稀中の稀。今でもちょっと童顔だけど、個人的に美少年→美男の数少ない例だと思います。ホントはすごいことなのかも。


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